ここの年表にもあるように最初の乾板事業はすぐに失敗して再度立ち上げるのが1906年なので1901年に行われたこの撮影で使用した乾板は輸入品だと思われます。
小川は1890年にアリスト紙使用法の翻訳をしていることからも、使用している印画紙はコロジオン紙としてポピュラーだった「ARISTO PLATINO」の可能性が高いです。添付画像にあるようにこの印画紙はカーボン紙風、プラチナ紙風の結果が得られることが売りでした。小川のプリントに被せてある薄紙にプラチナ特有の画像焼き付きが見られることから、プラチナ調色が施されているようです。この印画紙の使用説明書によると金調色を施してから、プラチナ調色をしないといけないようで、けっこう手間がかかったみたいです。